卒業生の声

なぜ補習校?卒業生の声

7歳で渡米してから高等部卒業までずっと補習校に通った。コーネル大学卒業後は、政府の研究機関で働き、アルバートアインシュタイン医科大学を卒業、現在はコロラド大学で緊急救命医として勤務。補習校の経験はいろんな面があるが、日本語が話せるというだけでなく、振り返ると日本人のネットワークを広げるという意味でも自分のキャリア形成の中でも欠かせないものであった。メディカルスクールでも NY のベースにある米国日本人医師会などを通して奨学金を得たのも補習校での活動が認められたからである。医師会の日本人の大人と接するためにも、まともな日本語を使う必要があり、いろんな面で補習校にお世話になってきて今の自分がある。
今は、救命救急医として働いているが、研修医なので週 5 日~6 日勤務している。コロナは病院では大変だが、研修の時期は、病院で寝泊まりするくらい勤務時間が長い。コロラドなので休みの際はスキーに行ったりしている。
日本の大学も見学まで行ったが、キャンパスの雰囲気、学生の意気込み、何故大学に行こうと思った時に日米で学生のモチベーションが違ったように感じた。日本の大学ではサークルがメインの会話になっていたので、その時は、自分は大学に何しに行くんだろうと考えた。勉強をしたかった思いが強かったので、アメリカの大学が集中できるかと思い、進路に選んだ。見学に行って感じることは人それぞれだから、自分はどういう環境であれば、一番伸びるかという視点で進路を選ぶと良いと思う。
メディカルスクールの方でカレッジエッセーを読む側になったが、エッセーは単にレジュメのために描いたもの、あるいは本当にやりたいことではなかったら内容が薄く、すぐにばれてしまう。大学に行ってから何をやるかが大事で、やりたいことをやらないと人は輝かない。本当にやりたいことをやっている人こそ、その大学が欲しい人材になる。やりたいことを見つけて時間を費やすことが大切。
卒業して社会人になって長いので、周りをみているとバイリンガルであること、補習校にいたことを振り返ると、スタートラインに立てるかどうかである。面接で何を話すかというのは、結局何が自分にとって大切かということ。補習校にいたときは、明らかに帰国組だった子がアメリカで活躍していて、あいつが?という子が日本で仕事をしている。今やっていることが、どう役に立つか今は分からない。でも補習校に通っていなかったら、また先生方とちゃんと会話がする経験がなかったらこういうチャンスはなかったということが実際にある。このまま頑張っていれば、いつか力になってスタートラインに立てる資格になる。面接ではその時の自分の価値観や何が大切かということを伝えること。まず、みんなが土曜日、補習校に通っていること、これが 5 年後、10 年後に意味をもってくる。
(2009 年LI校卒、コロラド大学救命救急医)
.
補習校は年中から高等部卒業まで通った。生まれも育ちも NY、Bronx サイエンス高校に通い、今はプリンストン大学で工学を勉強している。補習校で学んだことの第一は「言葉」とともに「何かを長く続けること」である。私たち多くのティーンエージャーは、人生経験があまりない。でも補習校にいる皆さんは自信を持って欲しい。自分で選んだ訳ではないと思うけれど、補習校で積み重ねた時間、何百、何千時間は、他の人にはない貴重なものである。大学に入ってから、アメリカで育った日本人の仲間と知り合い、仲良くなった。ただ、ほとんどの学生は、バイリンガルといっても日常会話くらいしかできない。だから今、補習校で勉強していることは後で必ず役に立つ。
私が嬉しかったことは、思いがけないところで日本語を通して人と繋がることができたことである。大学で「日本語テーブル」という活動に参加しているが、教授や研究者と英語を使わずに日本のニュースや政治の話ができたのは補習校のおかげだと思っている。
高校の夏、コーネル大学医学部のラボでインターンシップをやった時、日本人研究者がいて日本語で色んな話をすることができたことも懐かしい思い出となっている。今は、家からずっと Zoom で生活をしていたが、リズムをつけている。新学期から寮にはいるのが楽しみです。
一年前、アメリカの大学か、日本の大学か悩んだ。でも勉強する環境、出会いたい人たち、何を学びたいか、家との距離をよく考えた結果、自分はアメリカで教育を受けてきたし、もし機会があれば日本に留学もできるのでアメリカでやりたい勉強をしようと思った。
補習校で習ったことはもう一つ、エッセイにも書いたが両立は苦しかった。高校で入っていたロボッティクスチームと補習校の時間が重なってしまい、両方とも100%こなせていない自分にがっかりし、罪悪感を抱いたことがある。それを乗り越えるために何を優先するか、どうこなすか、どのくらいの程度でやるか、優先順位をつけてきた。そのことがマネージメントスキルを磨くことにつながった。
(2019 年LI校卒 プリンストン大学・工学部 1 年生)
.
私が生まれ育ったウエストチェスターは、私のような日系アメリカ人にとって、とても恵まれている環境だと思います。日本人の人口も多いことで、アメリカにいながら日本の文化や世界観に十分に触れることができるのです。そして、この日本の世界を実現させてくれたのが補習校です。平日は現地の学校に通い、土曜日は補習校に通うという、一見苦痛に聞こえるスケジュールですが、アメリカと日本の二つの異なる世界を体験できて私はすごく貴重な機会を頂いたと思っています。日本から引っ越してきてあまり英語がわからない生徒、ずっとアメリカ育ちで日本語があまりわからない生徒、もしくはその間の生徒が一つのクラスに混ざっていることで、小学生でありながら「文化の違い」というものを学べて視野が広がりました。
私は中高等部にあがってから、補習校に行くのが苦痛じゃなくなりました。中高等部に入ってからもっと自由が増え、先生方とも仲良くなり、同学年の生徒ともこれまでにない程距離が近くなりました。何より、生徒会活動やクラスの役員活動などが大きいです。生徒会活動を通して違う学年の生徒と交流が増えたり、自分たちで行事を計画する、という貴重な体験ができるようになるのです。中高等部で出会った友達とは、日本へ引っ越しても、違う大学へ進んでも、卒業した今でも連絡を取り合っているかけがえのない仲間です。周りに中高等部に通うか悩んでいる方がいたら、私は通うことを絶対に勧めます。
今、日本で暮らしている親戚と満足にコミュニケーションが取れることも、自分がバイリンガルと言い切れることも、些細なことですが百人一首が特技になったことも、全て長年補習校に通っていたおかげです。現にこうして読者に私の言葉で何かを伝えられているのも、補習校のおかげだと信じています。12 年間補習校に通い続けて本当に良かったです。
(2020年度W校卒業、ノースイースタン大学で機械工学部とデザインを専攻)
.
『授業で学んだ内容よりも、運動会や球技大会、新年の書初め、日本の風習と触れ合う機会が一番思い出に残ります。運動会で選手代表の宣誓をしたことや、小学校の卒業生代表で答辞を読んだ時の緊張感はよく思い出します。中高では、友達と交換日記をまわしたり、漫画や日本の CD の交換もしました。日本の情報が入る補習校は最高でした。そして友達や先生と一緒に食べるお昼ご飯の時間が楽しかったです。平日のお昼ご飯はサンドイッチでしたが、土曜日はお母さんの作ったお弁当が食べられて嬉しかったことをよく覚えています。』
(2004年度W校卒業、スワスモア大学、キャンザス大学院を経て、バイオリニスト)
.
補習校で得たものは大きく分けて二つあると思います。一つ目は米国にいながら、日本的な学校生活を経験できたことです。たった週一度でありながら、日本人として先生方、クラスメイトたちと触れ合い、本来、日本でしか味わうことのできない経験をアメリカの地でも満喫できました。二つ目は掛け替えの無い友人や先生方との出会いです。たとえ卒業後、会う機会が減ってしまったり、別々の国に住むことになってしまっても、共に過ごした時間と思い出は一生の宝物であり、振り返ると自分にとって青春だったと感じています。卒業してすでに早四年ですが、当時の経験は今でも自分の中で生き続けています。補習校に通ったおかげで日本の文化や歴史を忘れずに今後も日本人として世界の舞台に立っていきたいと思います。
(2016年度W校卒業、イェール大学で経済学を専攻)
.
中学 2 年の 4 月から引っ越し、英語も分からず、現地の友達もほとんどいなかった私にとって補習校は、日本語で話す友達ができ、日本語で学べる環境が整っている特別な場所となりました。球技大会や蚤の市といった日本の学校ならではの行事も楽しめただけではなく、塾と違って受験を目標としていないので他の生徒と自分を比較することなく、クラスメイトと仲良くのびのびと過ごすことができました。卒業後も連絡を取り合える仲間と出会って、楽しい思い出をたくさん作れて補習校に通ってよかったなと心から思っています。
(2020年度W校卒業、現在は一橋大学で社会学部を専攻)
.
私にとって補習校とは日本の文化を学んだ場所、そして、かけがえのない親友達と出会った場所です。初等部の頃は土曜日に授業を受けるのがめんどうだ、宿題をやりたくないだと文句を言ってばかりでした。ですがクラスメイトとの距離が縮まり、素晴らしい先生たちと出会うにつれてだんだん土曜日が待ち遠しくなっていきました。もちろんのみの市などのイベントは楽しかったですが、授業中のふとした面白いハプニング、休み時間でのじゃれあい、と、そんな日頃の他愛のない会話が私の中での補習校の一番の財産です。私は補習校に通わせてくれた両親に本当に感謝しています。おかげで大好きな先生たち、そして大好きな友人たちとたくさんの思い出を作れました。残念ならが私達のクラスは華やかな卒業式を送れませんでしたが、それでも彼らと過ごした12年間は何ものにも変え難い経験です。ぜひ皆さんも補習校で素敵な思い出を作ってみてください。
(2020年度W校卒業、現在はビンガムトン大学で生物学部を専攻

コメントは受け付けていません。