卒業生の声

高校を卒業する時まで、金曜日の夜が嫌いでした。翌日には補習校が控えていたからです。毎週土曜日、登校してしまえば、友達と過ごす休み時間も結構楽しく、授業も苦にはなりませんでしたが、当時の私にはかなりの負担でした。でも、今は補習校に通って本当によかったと思っています。

私は、アメリカで生まれ育ち、教育の全てをアメリカで受け、今は弁護士として働いています。どんな仕事でも同じだと思うのですが、私の仕事で一番大切なのは「プレパレーション」(準備)です。しっかりとプレパレーションさえしていれば、どんなに優秀な弁護士や裁判官が相手でも、自信をもって堂々と対峙することができます。今、振り返ってみて言えることですが、私にとって補習校は、日本の文化や日本人の考え方や価値観を知る原点であったし、その後に続く日米両国の文化を理解していくための最高のプレパレ―ションになったということです。

アメリカで暮らしている限り、日本語ができなくても、日本の文化を知らなくても夫々のの分野で成功できるでしょう。日本人の顔をしているからといって日本のことを知らなくても別にマイナス点はつけられないでしょう。でも、日本語が話せたり日本人の考え方を理解できたりしたら、あるいは、アメリカ人とは違うものの見方を示すことができた時、評価が違ったものになるのは確かです。

私は昨年の6月、働いている法律事務所の日本支店に転勤してきました。ニューヨ―クの職場は生まれ育った地で居心地も良く、仕事にも恵まれていたのですが、自分の中の日本をもっと広げたいという思いもあって、自ら転勤を希望しました。そして、半年余り――、自信のなかった日本語力ですが、予想以上に実践の場で役立っていることに気付かされています。アメリカ人の同僚達のにわか勉強ではなかなか解らない日本人の心、言葉のニュアンスのようなものが分かるのは、長い補習校生活で培われたものだろうと思います。

人生には損得勘定が伴います。「得」にも形になるものと、形になって現れないものもあります。今、日本を学ぶこと、補習校に通い続けることは、形に現れない「得」ということになるかもしれません。ひょっとしたらその方が価値が高いかもしれない、と私は考えます。多くの子供たちにとって補習校で学ぶことは親が考えている以上に大変なことですし、今はその意味も理解できないでいるかもしれません。でも、いつか「得」になるのは確かです。ご両親には子供達が一日でも長く補習校生活を続けられるよう後押しをしてあげて欲しいと思っています。

1980年〜1991年在学生

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