50周年を迎えて

【50周年を迎えて】

昭和37年2月、マンハッタンの日本クラブに開設された日本語教室が本校の原点である。日本が戦後の混乱期を抜け高度経済成長期に入った頃のことである。子ども達は現地校で学びながらも将来日本へ帰国する時に備え、日本語を保持する必要性に迫られていた。小中併せて36名からのスタートであった。その後30年間は、生徒数の増加傾向が続き、ピーク時にはニューヨーク、ニュージャージー地区併せて4500名にも達したのである。バブル崩壊後、潮が引くかのように生徒数が減り始め、50年目の今年には、両地区合わせても1300名ほどになっている。この間、各地に多くの地区校が開設され、現地の理解を得ながら英知を絞り、営々と補習授業校としての使命を果たしてきたところである。学校の設立や運営に関わられた歴代の日本人会、ニューヨーク日本人教育審議会、教育管理委員会の委員の皆さんはじめ、教育に直接携わられた教職員の皆さん、そして学校をまた子ども達を直接支えてこられた保護者の皆さん、こうした方々の思いやご苦労を想起すると、感慨深く崇高の念と感謝の気持ちで一杯になる。大勢の方々の情熱と献身的なご尽力のお陰で今日の姿がある。

この50年の間に日本も世界も大きく変わった。日本とアメリカとの関係も変わってきた。情報化時代を迎え、子ども達を取り巻く環境も大きく変化してきているが、子どもの教育の重要性と海外に於ける教育の難しさは今も昔も変わらない。現地校と補習授業校での学習を両立させ、日米両方の文化を理解する子ども達の学びの場を、これからも整備し、維持していくことが本校の存立の意義である。新たな50年を見据えた教育活動の展開をここに誓うものである。

2011年12月

校長 小野 康雄

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